2015/08/12

ソニック・ザ・ヘッジホッグ






【発売】セガ・エンタープライゼス
【開発】セガ・エンタープライゼス(ソニックチーム)
【発売日】1991年7月26日
【定価】6,000円
【媒体】メガドライブ用カートリッジ
【容量】4M
【ジャンル】アクション
【受賞】1992年:イギリスGolden Joystick Awards オーバーオールゲームオブザイヤー
【受賞】2004年:イギリスGolden Joystick Awards アルティメットゲーミングヒーロー
【受賞】2011年:イギリスGolden Joystick Awards アウトスタンディングコントリベーション
【受賞】2012年:All-TIME 100 Video Games
【受賞】2016年:ストロング国立演劇博物館世界ビデオゲーム栄誉の殿堂入り




セガの本気


【ストーリー】 
 ここサウスアイランドは宝石や遺跡の宝庫。そして、幻の「カオスエメラルド」が眠る島とも言われている。全ての生物にエネルギーを与える超物質で、兵器にも利用できる。そんなある日、島に危機が訪れた。ドクター・エッグマンとその一味が島に降り立ち、巨大要塞を造り出した。噂を聞いて、ソニックが駆けつけた。ドクター・エッグマンはソニックを宿敵と思っているが、ソニックにとっては相手じゃない。ところが、おや…なんだか様子がヘンだ。「見たかソニック!島の動物達をロボットにしてやったのだ。こいつらは皆、ワシの思い通りに動いてくれる。つまり、島中がおまえの敵なのだ!」

 …タイヘンだ!行け、ソニック・ザ・ヘッジホッグ!みんなが助けを待っている。


【概要】
 国内の家庭用ゲーム機市場でスーパーファミコンとPCエンジンの後塵を拝したメガドライブの巻き返しを図るため、また、好調な海外市場でのシェアを更に伸ばすための世界戦略の一環として、セガ・エンタープライゼス(現セガゲームス)が発売したアクションゲーム。『スーパーマリオブラザーズ』(任天堂)を多聞に意識しており、主人公はそれまでの同社のバタ臭いキャラクターから一転、音速で走り回るクールでスマートなハリネズミ「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」。音楽はDREAMS COME TRUEの中村正人氏が作曲。ゲームセンターのクレーンゲーム機『ニューUFOキャッチャー』のBGMにも流用されているため、耳にした人も多いはずだ。

 従来のアクションゲームにはなかった爽快なスピード感とシンプルな操作性で、初心者から上級者まで幅広いユーザー層に支持され、全世界で1,500万本以上の大ヒットとなった。特に北米市場では、海外版スーパーファミコンのスーパーニンテンドーエンターテイメントシステムと海外版メガドライブのジェネシスが熾烈なシェア争いを繰り広げていたが、同年のクリスマス商戦でセガ・オブ・アメリカ社(SOA)が「マリオ」との挑発的な比較広告を大々的に展開し、最終的にジェネシスがトップシェアを獲る事になった。12年にはアメリカのタイム社が発表した歴史上最も偉大なビデオゲーム100本「All-TIME 100 Video Games」にも選出されている。


【ゲームシステム】
 サイドビュー形式のアクションゲームで、使うボタンは十字キーとAボタンのみ(A、B、C各ボタンは共通)。簡単操作で多彩なアクションができる。助走をつけてダッシュした状態で下ボタンを押すと、体が丸くなって高速で滑走する従来のアクションゲームにはないスピード感が本作の魅力だ。ライフ制ではないものの、ステージ内に散らばる「リング」を1つでも取っていれば、敵に当たってもリングが身代わりとなってくれる。リングを50個集めれば「スペシャルステージ」へ進め、100個集めると1UPする。各ステージは高速で駆け抜けられる構成と、仕掛けをじっくり進んでいく構成とに分かれている秀逸なアクションゲームだ。


【総評】
 88年にセガから発売されたメガドライブは、ファミコンを凌駕する性能を持ちながらも「マニアックな玄人向けハード」という印象を払拭できず、後発のスーパーファミコンはもとより市場2位のシェアもPCエンジンから奪えない状況にあった。アーケードからの移植が多かった事もあるが、いかんせんセガの供給するソフトは安定性に欠いていた。なにせメガドライブ初のオリジナルソフトが、そのあまりの出来に原作者がセガに乗り込んだという逸話もある『おそ松くん はちゃめちゃ劇場』である。マリオに対抗しようと「アレックスキッド」を起用するあたりもどうかしていた。加えて、アーケードの自社看板タイトルは競合ハードへ移植しまくるという理解不能な姿勢を取っていた。

 このままでは家庭用ゲーム機市場で通用しないとセガがようやく気付いたのは、91年の夏だった。比較的弱かったRPGのテコ入れとなった『シャインニング&ザ・ダクネス』、シリーズのコアなファンを唸らせた『アドバンスド大戦略~ドイツ電撃作戦~』、音楽も好評を得た『ベア・ナックル 怒りの鉄拳』、高い移植度の『アウトラン』など、「お?メガドラなんか変わった?」と思わせる怒涛のラインナップでようやく本気を見せてきたのだ。そして、中山隼雄社長(現中山隼雄科学技術文化財団名誉理事長)の「マリオに勝てるキャラクターとゲームを作れ」という社命の下、攻勢の目玉として発売されたのが本作である。マニア視点ではなく、「一般受け」という抽象的ながらセガが長年見出せなかった視点に立ったこの年の夏から、本当の意味での家庭用ゲーム機市場のシェア争いが始まったと言っても過言ではない。いや、やっぱ過言かも。ごめん、またテキトー言った。結果的にメガドライブが国内シェアのトップに立つ事はなかったが、前述の様に海外では念願のトップシェアを獲得。これを足がかりに次世代ハードでは任天堂の先手を取ったのだった。

 本作発売から1ヵ月後には早くもセガのマスコットキャラクターに据えられたソニック。「ポストマリオ」を狙い、国内外で大々的なプロモーション活動を行った。続編やシリーズ作品は現在でもジャンル、プラットフォームを問わずに発売されており、その数は国内だけでも50作を超える。

 92年には、Jリーグに参加表明したばかりのジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド市原・千葉)のユニフォームにその姿を見せた。通常のユニフォームスポンサーは企業名や商品名のロゴが入るが、ジェフのユニフォームには「SEGA」の横にボールを蹴るソニックの姿がリーグ戦用はカラーで、カップ戦用はモノクロの線画で描かれたのだ。今でこそ市民権を得たJリーグのマスコットキャラクターだが、当時このテのキャラは賑やかし以下の存在でしかなかった。ジェフには現在「ジェフィ」と「ユニティ」という秋田犬の兄弟がいるが、当時は「セイバーくん」と「ゲッターくん」などとテキトーに呼ばれており、よく分からない有象無象のマスコットが乱立する中、ソニックの存在は群を抜いていた。

 あ、言っておきますが、僕はジェフ大好きっ娘のメガドライバーです。結果、93年のジェフの観客動員数は全クラブの中で上から2番目、94年も上から3番目の多さだった。一方のセガも、地上波の全国放送で試合の生中継がバンバン流れていたため、狙い通りゲームファン以外の一般層やライトユーザーへのPRを果たした。当然、セガから発売されるサッカーゲームにもその恩恵があった。93年に発売された『Jリーグ プロストライカー』では、電源を入れると通常とは異なりユニフォームに描かれたソニック付きのロゴが現れ、ゲームタイトルよりも先に「撮影協力」としてジェフのロゴが表示される。実際の選手の動きを参考にしたリアルな動きも評価され、メガドライブ用サッカーゲームの決定版として全3作が発売。もちろん、TVCMにも選手の映像を使用した。ハードがセガサターンに世代交代した後も、実質的な続編である『Jリーグ ビクトリーゴール』シリーズのうち2作でクラブの協力を得ている。セガとジェフの関係は良好で、キャプテンのパベル・ジェハークが自分の髪にソニックを描いてプレーするなど、共に費用対効果は大きく、ソニックは92年から96年までの4年間、「ジェフの顔」となったのだ。

 海外では91年以降もSOAが大掛かりなプロモーションを展開していた。93年には世界で最も高額な広告媒体であるF1、それも強豪ウィリアムズ・ルノーのスポンサーとなり、車体やヘルメットにソニックが大きく描かれた。この年のウィリアムズのパイロットはアラン・プロストとデイモン・ヒルで、チームはコンストラクターズチャンピオンに、プロストは世界チャンピオンを獲得。ロータス・フォードのファンだった僕は内心フクザツな思いだったが、僕の他にもフクザツな思いに駆られてた人間がいたとしたら、それはアイルトン・セナ・ダ・シルバという男であろう。

 大のセガファンであり、92年にはメガドライブで自分の名を冠した『アイルトン・セナ スーパーモナコGPII』も発売したセナは、ライバルであるマクラーレン・フォードに所属していた。内心「えー」と思ったに違いない。

 結果的に2つのタイトルはウィリアムズに獲られたが、4月にイギリスで行われたヨーロッパグランプリでセナは強烈な印象を残した。SOAがレースの冠スポンサーとなり、コース上の看板は全て「SEGA」と「SONIC」に、空にはソニックのアドバルーンを浮かべ、レースクイーンにはソニックのコスプレまでさせるという狂った様な金の使い方で、さすがにこの時はセガファンの自分よりもロータスファンの自分が上回り、嫌味にしか感じなかったが、きっとセナもそう思ったはず!もはや同志!雨天のレースは5番手からのセナがポールポジションのウィリアムズ勢2人を早々に抜き去ると、タイヤ交換中に一度はプロストにトップを明け渡すも、再度逆転したセナが優勝。SOAが特注したソニックの優勝トロフィーは、皮肉な事にセナが受け取ったのだった。その後もマクラーレンの車体にはウィリアムズに勝つ度にぺちゃんこになったハリネズミのイラストが描かれていた。かわいさがあまったんだろうなー。

 本作発売から10年後の01年、セガはドリームキャストの失敗によって家庭用ゲーム機のハード事業から撤退。現在はソフトメーカーとしてかつて競合したメーカーのハードにソフトを供給している。ソニックシリーズも量産化され、今ではマリオとも仲良く競演しているが、なんとなく寂しい気持ちになるのは僕だけではないはずだ。上を向いてた頃はよかったぜ、フッ…。


【2016.5.5.追記】
 アメリカのストロング国立演劇博物館による本年度の「世界ビデオゲーム栄誉の殿堂入り」に、本作が選出されました。




Figure
『ソニック生誕15周年記念オリジナルフィギュア』












【発売】セガ・エンタープライゼス
【発売日】2006年8月17日
【定価】1,580円
【原型】小林和史(モデリズム)
【備考】セガダイレクト専売


 ソニック生誕15周年記念の06年に完全受注限定品としてセガダイレクト(現セガストア)のみで販売されたフィギュア。全高約10cmで、頭部と両腕が稼動。98年にドリームキャストで発売された『ソニックアドベンチャー』のデザインを元にしているため、メガドライブ版よりも長身でスマートな体型になっている。原型はプロモデラーの小林和史氏の手によるもの。現在はオリジナルメカ「ウィーゴ」を展開中である氏のデビューから追いかけている僕はそりゃ買うに決まってますがな。


(C)SEGA 1991

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